最高裁判所第三小法廷 平成6年(行ツ)25号 判決 1997年10月28日
イタリア共和国
ヴァレーセ ヴィア・ドゥカ・デリ・アブルッツィ一六六番
上告人
プリンチペ・エッセ・ピ・ア
右代表者
エリオ・マローニ
右訴訟代理人弁護士
佐藤雅巳
古木睦美
イタリア共和国
フィレンツェ ピアッツァ ストロッツィ一番地
被上告人
プリンチペ・ソシエタ・ペル・アッチオーニ
右代表者
ドニ・セルジオ
右商標管理人
佐藤一雄
右訴訟代理人弁護士
吉武賢次
神谷巖
右当事者間の東京高等裁判所平成四年(行ケ)第一七一号審決取消請求事件について、同裁判所が平成五年五月二七日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人水田耕一、同佐藤雅巳、同古木睦美の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に基づき若しくは原判決を正解しないでこれを論難するものであって、採用することができない。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 元原利文 裁判官 園部逸夫 裁判官 千種秀夫 裁判官 尾崎行信 裁判官 山口繁)
(平成六年(行ツ)第二五号 上告人 プリンチペ・エッセ・ピ・ア)
上告代理人水田耕一、同佐藤雅巳、同古木睦美の上告理由
上告理由第一点
原判決には、商標法に定める「商品」でない物品(販促品)について登録商標を付した行為を「商品」に登録商標を付したものと誤って認定判断した理由不備ないし理由齟齬の違法があり、破毀を免れない。
一、原判決は、
<1> 西武百貨店は、昭和六〇年の夏以前にエスエス製薬から、同社の販売促進商品として使用するために、Tシャツ、サマーバッグ、ポーチ、ショルダーバッグ、ハンカチの発注を受けたこと(傍線は、上告人代理人において付したものである。以下同じ)、
<2> そこで、西武百貨店は、畔上ガラス工業株式会社に対し本件商標を付したサマーバッグ、ポーチ、ショルダーバッグを製造することを注文し、Tシャツについて尾山株式会社に、ハンカチについてカワケイに同様の注文をしてこれらを製造させたこと、
<3> 西武百貨店は、昭和六〇年六月一九日に、エスエス製薬に対し、本件商標の付されたサマーバッグ、ポーチ、ショルダーバッグを、同じく本件商標の付されたTシャツ、ハンカチとともに納入したこと、
を認定したうえ、
「そうすると、西武百貨店は、本件審判請求の予告登録された日から三年以内である昭和六〇年六月一九日までに本件商標に係る指定商品のサマーバッグ、ポーチ、ショルダーバッグに本件商標を付したうえ、同年六月一九日これらの商品をエスエス製薬に対し納入して、本件商標を使用したことが明らかにされている」
との判断を示している。
二、しかしながら、商標法において「商標」とは、標章(文字、図形若しくは記号、若しくはこれらの結合又はこれらと色彩との結合)であって、業として商品を生産し加工し証明し又は譲渡する者がその商品について使用するものであり(商標法第二条第一項)、使用される自己の特定の商品を他の者の商品から識別するためのもの、すなわち、商標の付された商品の出所を表示するためのものである。
そして、商標法は、この商標を保護することによって、商標を使用する者の業務上の信用の維持を図り、もって産業の発展に寄与し、あわせて需要者の利益を保護することを目的とする(同法第一条)ものであるから、商標法における「商品」とは、商取引の目的物として流通性のあるもの、すなわち、一般市場で流通に供されることを目的として生産され又は取引される有体物であると解すべきである。
ところで、商標法第五〇条第一項により登録商標の不使用を理由とする商標登録取消審判の請求を受けた被請求人は、その審判請求の登録前三年以内に商標権者、専用使用権者又は通常使用権者のいずれかが指定商品について登録商標を使用していることを証明しなければその指定商品に係る商標登録の取消を免れないが、商標法における商品の意味が前述のとおりである以上、指定商品について登録商標を使用しているというためには、登録商標を右述の意味における商品に使用しなければならないというべきである。
したがって、販売促進のため顧客に無償配布される物品は、一般市場で流通に供することを目的とした有体物ということはできず、商標法にいう「商品」に該当しないから、このような販促品に登録商標を付する等しても、商標法第五〇条にいう「登録商標の使用」があったことにはならないのである(東京高裁昭和五二年八月二四日判決・無体集九巻二号五七二頁以下所載、東京高裁平成元年一一月七日判決・無体集二一巻三号八三二頁以下所載及び東京高裁平成三年三月二八日判決・審決取消訴訟判決集(23)四二九頁以下所載御参照。特に右の平成元年一一月七日判決は、本件と殆んど同一といってよい事案に関するものである)。
三、1.いまこれを本件についてみると、原判決が本件商標の使用があったとするサマーバッグ、ポーチ及びショルダーバッグ(以下「本件物品」という。)は、原判決も認定する如くエスエス製薬が同社の「販売促進商品」として使用するためのものである。すなわち、それは景品として無償でエスエス製薬の顧客に配布されるものである。したがって、本件物品は、商取引の目的物として一般市場の流通に向けられたものでないことが明らかである。
すなわち、本件物品は、西武百貨店から、エスエス製薬に対して、薬品等の販売品とともに顧客に無償配布されるという特定の目的のもとに納入されたものであって、これを買い受けたエスエス製薬にとってその出所は明確であり、本件商標が本件物品に付されていることによってその出所を識別するものでなく、しかも買い受けたエスエス製薬は薬品等の販売品とともに宣伝用サービス品としてこれを無償配布するものであるから、本件物品をもって、一般市場で流通に供することを目的とした有体物ということはできない。
2.あるいは、本件物品は、西武百貨店とエスエス製薬との間で売買されるものであり、一般市場で市販されているサマーバッグ、ポーチ及びショルダーバッグと同種の使用価値、交換価値を有し、有償で販売される商品であるから、販促品であっても商標法上の商品とすべきであるとする見解があるかもしれない。
しかしながら、本件物品についての西武百貨店とエスエス製薬との売買及びこれを買い受けたエスエス製薬の使用形態が前述のとおりである以上、これを一般市場において商取引の目的物として流通に向けられているサマーバッグ等と同種の商品ということはできないから、右の見解は成立しない。
3.また、本件物品を購入する者がエスエス製薬に限定されていても、同社は、販促品として他のサマーバッグ等を購入して使用することもできるし、本件物品を顧客その他の消費者に有償で販売することも可能であり、販促品として使用する場合も他の各種販促品と比較し、任意の販促品を選択できるから、西武百貨店とエスエス製薬との関係においては、本件物品は商品であるとの見解があるかもしれない。
しかしながら、エスエス製薬において販促品として他のサマーバッグ等を購入して使用できることや、本件物品以外の販促品を選択できることは、本件物品を商標上の商品でないとする前述の理由付けに何らの影響を及ぼすものではない。また本件物品を買い受けたエスエス製薬がこれを消費者に有償で販売したことを認めるに足りる証拠はなく、たまたまそのようなことが仮にあったとしても、本件物品がもともと商取引の目的物として流通に向けられているものでない以上、そのことから直ちに本件物品をもって商標上の商品であるとすることはできないから、前記見解も成立しない。
4.以上のとおり、本件物品は商標法にいう商品とは認められないから、本件商標の通常使用権者である西武百貨店が本件商標を本件物品に付して、これをエスエス製薬に納入しても、本件商標をその指定商品について使用したものということはできないのである。
四、さらに、原審における原告(被上告人)の主張、すなわち原告の自認するところと、証人有明利昭の証言とに照らせば、右の点は一層明らかとなる。
1.原審における原告の主張
<1> 西武百貨店は、本件商標及び本件連合商標を、その顧客であるエスエス製薬のサマーキャンペーン向け販促商品に使用する為に、大東紡織と契約を結んだのである。そして昭和六〇年六月一九日、西武百貨店はエスエス製薬に、Tシャツ、サマーバッグ、ショルダーバッグ、ハンカチを納入したが、それらの商品には、いずれも本件商標が付されていた(原告第二準備書面二頁五行~一一行)。
<2> 西武百貨店は本件キャンペーンの為に、原価は安くかつ見栄えのよい商品を探していた。そこで面識のある大東紡織に、欧文字の高級そうな印象を与える商標がないか、聞いたのである(原告第三準備書面八頁下から三行~九頁一行)。
<3> 甲第六号証には、使用商品の製造・販売数の限定がないが、これは普通の商標使用許諾契約と異なり、極く短期間の特定人(注-エスエス製薬を指す。)のキャンペーンに(注-商標を)使用するものであり、過去の例から使用数量は大体わかっていたからである(原告第三準備書面三頁五行~九行)。
<4> (注-西武百貨店の)各下請は直接納入するのであるが、その納入先はエスエス製薬の外注倉庫である訴外東洋梱包であり、東洋梱包で一等から末等まで(注-抽選で当てる景品であることがわかる)適宜組み合わせて薬局向けに梱包するのである(原告第三準備書面六頁三行~六行)。
2.原審における有明証人の証言
<1> 我々の部署は民間のお客さまのところへ行きまして、企業の販売促進に使う景品ですとか……をお客さまの要望でお売りするという部署でございます(速記録三頁五行~八行)。
<2> エスエス製薬が夏と冬に、夏はサマーキャンペーン、冬はクリスマスキャンペーンというのがありまして、これは年に二回ございますので、それの多分、夏のキャンペーンのとき、プリンチペという商標を使って、バッグとかTシャツをつくりました(速記録三頁一一行~一五行)。
<3> (問)バッグとかハンカチとかTシャツとかそういうものに使おうということで、こういう商標の借り受けを約束したんですね。
(答)はい。
(問)それは、エスエス製薬向けであったということですね。
(答)はい。(速記録三頁下から六行~二行)
<4> (問)この昭和六〇年の、甲第六号証と七号証の取引の後、大東紡織の川崎さんとほかの件で取引したことがありますか。
(答)記憶にはないです。何度かお邪魔して大東紡織さんがお持ちになっている、こういった景品で使えるブランドはないですか、という問い合わせは何度かいたしました(速記録六頁下から五行~末行)
<5> なぜこういうふうなバッグが作られているかというと、冒頭に申し上げましたように、景品なんです。景品の場合は、その納品書にも書いてあるとおり、多分そのバッグは六〇〇円か七〇〇円ぐらいで作っていると思いますが予算が非常に少ないんです。それでなおかつ高く見せるということでそういうブランドをお借りしてくるんです(速記録一四頁下から三行~一五頁四行)
3.本件商標が付された本件物品の商品性の欠如
右に掲げた原告の主張(自認)及び有明証人の証言に照らせば、本件物品が景品として顧客に無償で配布されることを目的とする物品であって、一般市場で流通に供されることを目的として生産され又は取引される商品ではないこと、したがってこれに本件商標を付したことが商標法にいう商標の使用とはいえないことが益々明白である。
すなわち、西武百貨店に勤めていた有明証人の勤務部署は、顧客のところへ行ってそ分企業の販売促進に使う景品の注文を受け、それを供給することを目的としており、同人は当時エスエス製薬と小林コーセーを担当していた営業マンであった(速記録二頁一行~五行、三頁五行~八行)。
エスエス製薬では、毎年、夏にサマーキャンペーン、冬にクリスマスキャンペーンという年二回のキャンペーンを行っていたが、営業マンであった西武百貨店の有明は、エスエス製薬から昭和六〇年夏のキャンペーン用の景品に使用するものとして、Tシャツ、サマーバッグ、ポーチ、ショルダーバッグ、ハンカチの注文を受けた(速記録三頁一一行~一五行、甲第七号証)。
景品の場合、予算が非常に少なくて安価に作らなければならない反面、それを高価品に見せかけるという必要があるところから、有明は、大東紡織を訪ねて、同社が持っている商標でこういう景品に使えるブランドはないかと尋ね、欧文字の高級そうな印象を与える本件商標をエスエス製薬向けの景品に使用するという限定した目的で極く短期間借り受けた(速記録三頁下から六行~二行、六頁下から五行~末行、一四頁下から三行~一五頁九行。原告第二準備書面二頁五行~一一行。原告第三準備書面三頁五行~九行、同八頁下から三行~九頁一行。甲第六号証)。なお、本件商標は周知著名商標ではなかった(原告第三準備書面三頁一〇行~一一行)。
西武百貨店では、エスエス製薬からの注文に係る景品に使用する物品を、畔上ガラス工業等の下請に製造させ、各下請から、西武百貨店を介しないで、直接エスエス製薬の外注倉庫である東洋梱包に納入させた。東洋梱包では、納入を受けた本件物品を、抽選用景品として一等から末等まで適宜組合わせて、薬局向けに梱包して発送したものである(原告第三準備書面六頁三行~六行)。
右の事実関係に照らせば、本件物品が、一般市場で流通に供されることを目的として生産され又は取引される商品ではなく、顧客に対し景品として無償配布されることを目的とする物品であることが明らかであり、また本件商標を付した目的は、商品の出所を明らかにして自他商品を識別することにはなく、乏しい予算で安価に製造される景品に欧文字の商標を付することにより、あたかもそれが高価品であるかの如く見せかけることにあったことが明白である。
また、西武百貨店とエスエス製薬との間においては、そもそも本件物品に本件商標を付することにより、商品の出所(西武百貨店)を表示するという目的がなく、エスエス製薬にとっては本件商標の有無にかかわらず本件物品の出所は明確であったばかりでなく、本件物品が西武百貨店の各下請からエスエス製薬の外注倉庫に直接納入されるという納入経路からして、西武百貨店とエスエス製薬との間において、本件物品に付された本件商標が、自他商品識別のため商品の出所を表示するという機能を営む余地は全くなかったことが知られるのである。
四、 以上にみたところから明らかなとおり、本件物品は、本件商標の指定商品の範囲に属する物ではあっても、商標法にいう「商品」ではないから、西武百貨店が本件物品に本件商標を付し、これをエスエス製薬に納入した事実をもって、本件商標を指定商品について使用したものということができないことは明らかである。
しかるに、原判決は、前記のとおり、右の事実によって本件商標の使用があったとしているのであるから、原判決には理由不備ないし理由齟齬の違法があり、破毀を免れないものといわなければならない。
西武百貨店が本件物品に本件商標を付してエスエス製薬に納入した事実を認定した原判決の認定には、上告理由第三点において指摘するように採証法則違反の違法があるものであるが、仮に右の事実認定が適法であるとしても、右事実に基づく原判決の判断には上述の如き違法があるから、原判決は、破毀を免れないものである。
しかして、本件においては、前記販促品たる景品に本件商標を付して納入したという事実以外には、本件商標使用の事実の主張立証がないから、原判決を破毀し、被上告人(原告)の請求を棄却する旨の御判決を賜わるようお願いする次第である。
上告理由第二点
原判決には、登録商標の使用態様を認定することなく本件商標の使用を認定判断した理由不備ないし理由齟齬の違法があり、かつ登録商標の使用態様に関して、本件証拠及び当事者の自認する事実に反して認定判断を行った理由不備ないし理由齟齬があるので、破毀を免れない。
一、 原判決は、
<1> 西武百貨店は、畔上ガラス工業株式会社に対し本件商標を付したサマーバッグ、ポーチ、ショルダーバッグを製造することを注文し(原判決一六頁一二行~一四行)
<2> 西武百貨店は、昭和六〇年六月一九日、エスエス製薬に対し、本件商標の付されたサマーバッグ、ポーチ、ショルダーバッグを同じく本件商標の付されたTシャツ、ハンカチとともに納入して(同一七頁一六行~末行)
と認定し、右認定に基づき、
<3> 西武百貨店は、本件審判請求の予告登録された日から三年以内である昭和六〇年六月一九日頃までに本件商標に係る指定商品のサマーバッグ、ポーチ及びショルダーバッグに本件商標を付したうえ、同年六月一九日これらの商品をエスエス製薬に対し納入して、本件商標を使用した(同一八頁末行~一九頁五行)
と判断しているのであるが、本件商標の具体的な使用方法や表示の態様については、何ら認定するところがない。
二、 しかしながら、商標法上商標の本質的機能は、商品の出所を明らかにすることにより、需要者に自己の商品と他の商品との品質等の違いを認識させること、すなわち、自他商品識別機能にあると解するのが相当であるから、商標の使用といい得るためには、当該商標の具体的な使用方法や表示の態様からみて、それが出所を表示し自他商品を識別するために使用されていることが客観的に認められることが必要である(東京高裁平成二年三月二七日判決・審決取消訴訟判決集(15)三三七頁以下所載及び東京高裁平成四年六月三〇日判決・審決取消訴訟判決集(30)二五七頁以下所載御参照)。
すなわち、「商標の使用」といい得るためには、商標を構成する標章が単に形式的に商品等に表示されているだけでは足らず、それが、自他商品の識別標識としての機能を果たす使用方法及び表示の態様で用いられていることが必要なのである。
されば、原判決は、本件における「商標の使用」の事実を認定判断するにあたり、本件商標が付されたとされるサマーバッグ、ポーチ及びショルダーバッグにおける、本件商標の具体的な使用方法及び表示の態様を認定する必要があったものといわなければならない。
三、 しかるに、原判決は、右の各物品における本件商標の具体的使用方法及び表示態様を何ら認定することなく、前記のように本件商標の使用があったものと認定判断しているのであるから、原判決には理由不備ないし理由齟齬の違法があり、原判決は破毀を免れない。
四、 もっとも、原審において、証人有明利昭は、前記各物品には、「PRINCIPE」なる欧文字の表示が付されている旨証言している(速記録五頁五行~一九行)。原判決の前記認定判断は、右の証言に依拠するものかもしれない。
しかしながら、同証人は、右の欧文字の表示を付した目的について、
「なぜこういうふうなバッグが作られているかというと、冒頭に申し上げましたように、景品なんです。景品の場合は、その納品書にも書いてあるとおり、多分そのバッグは六〇〇円か七〇〇円ぐらいで作っていると思いますが予算が非常に少ないんです。それでなおかつ高く見せるということでそういうブランドをお借りしてくるんです(速記録一四頁下から三行~一五頁四行)
と証言し、右欧文字を付した目的が景品として提供される安価な物品を高価品らしく見せかけることにあったことを明らかにしている。
また、被上告人(原告)は、原審で提出した原告第三準備書面において、
「西武百貨店は本件キャンペーンの為に、原価は安くかつ見栄えのよい商品を探していた。そこで面識のある大東紡織に、欧文字の高級そうな印象を与える商標がないか、聞いたのである。」(原告第三準備書面八頁下から三行~九頁一行)と主張し、前記物品における前記欧文字の表示が、原価の安い物品の見栄えをよくするためであったことを自認している。
右の証言及び被上告人(原告)の主張に照らせば、前記物品に本件商標を表示した目的は、景品として提供される前記物品に接する顧客をたぶらかすことにあり、商品の出所を表示して自他商品を識別することにはなかったことが明らかである。
右の如き証言及び被上告人(原告)の自認する事実によれば、西武百貨店がサマーバッグ、ポーチ及びショルダーバッグに本件商標を付したうえ、これらの物品をエスエス製薬に対し納入した行為は、「本件商標の使用」に該らないことが明らかである。「また、客観的にこれをみても、本件商標は周知著名ではなかったのである(原告第三準備書面三頁一〇行~一一行)から、本件商標が前記物品に付されたことにより、顧客吸引の機能を営むことはなく、また本件商標が付された前記物品は、上告理由第一点において述べたとおり、顧客に対し景品として無償配布されることを目的とする物品であって、一般市場で流通に供されることを目的として生産され又は取引される商品ではなかったから、本件商標が前記物品につき市場における商品の誤認・混同を防止する機能を営まなかったことは明らかであり、さらに本件商標は、上告理由第一点で述べたとおり、西武百貨店によって、エスエス製薬の特定年(昭和六〇年)のサマーキャンペーン用の景品にのみ使用され、他の物品については使用されることがなく、しかもサマーキャンペーンが終れば、西武百貨店自体が本件商標の通常使用権者でなくなる(甲第六号証、原告第三準備書面三頁五行~八行)という状況にあったのであるから、本件商標が商品の品質を保証する機能を営まなかったことも明らかである。
かくみれば、本件商標を前記物品に使用することによっては、本件商標により如何なる自他商品識別機能も営まれることがなかったものであるから、西武百貨店が前記物品に本件商標を付したうえ、これをエスエス製薬に納入した行為をもって、『本件商標の使用』とみることができないことは明白である。」
されば、原判決の前記認定判断には、本件証拠及び当事者の自認する事実に反して認定判断を行った理由不備ないし理由齟齬の違法があり、この点においても原判決は破毀を免れないところである。
なお、西武百貨店が前記物品に本件商標を付してエスエス製薬に納入した事実を認定した原判決の認定には、上告理由第三点において指摘するように採証法則違反の違法があるものであるが、仮に右の事実認定が適法であるとしても、右事実に基づく原判決の判断には上述の如き違法があるから、原判決は、破毀を免れないものである。
上告理由第三点
原判決には、採証法則に違反して、本件商標についての通常使用権許諾の事実又は本件商標使用の事実を認定した違法及び右の誤った事実認定に基づいて本件商標の通常使用権者による本件商標の使用があったと認定判断した理由不備ないし理由齟齬の違法があり、破毀を免れない。
一、 原判決は、甲第六号証及び証人有明利昭の証言により、
「昭和六〇年四月一日、大東紡織は川崎を担当者とし、西武百貨店は商事部の有明利昭を担当者として、両社の間で、『商標使用許諾に関する覚書』という書面を交わして、使用商品を前記別表第一七類『Tシャツ・ハンカチ』及び第二一類『カバン』とし、使用期間を同日から同年九月三〇日までとし、使用料金を四〇万円として、大東紡織が西武百貨店に対し日て本件商標及び本件連合商標の使用を許諾するとの趣旨の契約を交わしたことが認められる。」
と認定している(原判快一三頁四行~一三行)。
しかして、原判決は、右認定の根拠となった甲第六号証の成立を、証人有明利昭の証言によって認めているものである(原判決一三頁四行~五行)。
二、 また、原判決は、甲第七号証、検甲第一号証及び証人有明利昭の証言により、
「西武百貨店は、昭和六〇年六月一九日、エスエス製薬に対し、本件商標の付されたサマーバッグ、ポーチ、ショルダーバッグを、同じく本件商標の付されたTシャツ、ハンカチとともに納入し」
た事実を認定している(原判決一七頁下から四行~末行)。
しかして、原判決は、右認定の根拠となった甲第七号証の原本の存在及び成立を、証人有明利昭の証言によって認めているものである(原判決一六頁五行~六行)。
三、 しかしながら、証人有明利昭は、甲第六号証を示しての、上告人(被告)代理人の、
「本当にこの契約書を作ったんですか。あなたが言ったような意味で。昭和六〇年当時。」
との質問に対し、
「私が作ったのか大東紡織が作ったのかは覚えておりませんけれども、多分大東紡織が作ってきたと思います。これでよろしいですかということで、その覚書を持って来て判こを押して くださいという形で判を押したと思います。」
と証言し(速記録一一頁六行~一二行)、さらに、
「甲第六号証の乙のところに判こが押してありますね。それから甲第七号証の株式会社西武というところにも判こが押してありますが、この判こは明らかに違うんですが、本当に西武の判こですか。」
という質問に対し、
「違うということはないです。商事部には判こは一個しかありません。」
と証言した(速記録一三頁二行~七行)。
すなわち、証人有明利昭は、甲第六号証と甲第七号証とに同一の印を押捺して、甲第六号証及び甲第七号証を作成した旨証言したのである。
四、 しかしながら、甲第六号証及び甲第七号証の西武百貨店のところに押捺された角形の印影は、明らかに異なっている。すなわち、次にみられるとおりである。
1. 甲第六号証の印影
<省略>
2. 甲第七号証の印影
<省略>
五、 右にみたところによれば、甲第六号証に押捺されている印鑑と甲第七号証に押捺されている印鑑とは、そのいずれかが西武百貨店の真正な印鑑ではないことになる。すなわち、本件において、甲第六号証と甲第七号証とのいずれかが、真正な西武百貨店作成の文書ではなく、したがってそれを事実認定の資料とすることはできないことが明らかである。
殊に、甲第六号証においては、契約者の表示として、「大東紡織株式会社」と「株式会社西武百貨店」なる商号の記載があるのみで、両者を代表し又は代理する者の氏名の記載がなく、右各商号の上に前記各角印の押捺がなされているにとどまるが、かかる形態で契約書を作成することは、契約書作成に関する社会通念に反するものであるから、これに押捺された印鑑の真正に関する前記の如き疑義とあわせ考えるとき、甲第六号証が株式会社西武百貨店によって真正に作成されたものと認めることは、ますます不可能であると考えられるのである。
六、 もっとも、証人有明利昭は、被上告人(原告)代理人の補充尋問において、
「結局、あなたは商事部に判こは一つだと思っていたけれども、今日気が付いたけれども、二つ以上判こがあるということになるんですね。」
との質問に対して、
「そうかもしれないですね。私は一つだと思っていました。」と答えているのである(速記録一六頁一〇行~一三行)が、右証言をもっては、商事部に二個ないしそれ以上の印鑑があったことを立証するに由ないことは明らかである。
のみならず、仮に西武百貨店の商事部に二個の印鑑があったとしても、商事部の印鑑である以上、その表示するところは同一でなければならないはずである。
甲第六号証上の印影においては、印鑑の表示が、
「株式会社
西武百貨店
商事部門事
業部之印」
と認められる。これに対し、甲第七号証上の印影においては、右端及び中央の、
「株式会社
西武百貨店」
の二行は、洞とが判読できるが、左端の一行は判読不能である。しかしながら、左端の一行に、「商事部門事業部之印」なる九文字が表示されているとは、そのスペースからみて到底考えることができない。
したがって、甲第六号証に押捺されている印鑑と、甲第七号証に押捺されている印鑑とは、その表示内容を異にすることが明らかである。
株式会社西武百貨店の同一部において、たとえ二個の印鑑を使用していたと仮定しても、その表示内容が異なるということは社会通念上ありえないから、結局甲第六号証に押捺された印鑑と甲第七号証に押捺された印鑑とは、いずれかが西武百貨店の真正な印鑑ではないというほかないのである。
七、 しかるに、原判決は、前記のとおり、甲第六号証に基づいて西武百貨店が本件商標の通常使用権の許諾を受けた事実を、また甲第七号証に基づいて本件商標を使用した事実を認定しているものであるから、原判決は、採証法則に違反して、右の事集認定をした違法があるものといわなければならない。
さらに、原判決は、採証法則に反する右の誤った事実認定を根拠として、
「西武百貨店は、本件審判請求の予告登録された日から三年以内である昭和六〇年六月一九日頃までに本件商標に係る指定商品のサマーバッグ、ポーチ及びショルダーバッグに本件商標を付したうえ、同年六月一九日これらの商品をエスエス製薬に対し納入して、本件商標を使用した」
と認定判断している(原判決一八頁末行~一九頁五行)から、原判決には、理由不備ないし理由齟齬の違法があるものといわなければならない。
以上のとおり、原判決には採証法則違反及び理由不備ないし理由齟齬の違法があるから、破毀を免れないところである。
以上
(添付資料省略)